ニューヨーク生まれの作家ダニエル・キイスによって1959年に発表された「アルジャーノンに花束を」。日本でも翻訳され、2015年には山下智久主演でドラマ化もされたことで有名な作品だ。累計330万部という言わずとも知れた名著だが、今回はまだ読んだことのない人や、ドラマしか見たことがない人にもその魅力をお伝えしたい。
意外!『アルジャーノン』は主人公の名前じゃない
タイトルにも出てくる『アルジャーノン』、実は主人公の名前ではない。主人公はチャーリィ・ゴードンという名で、知的な障害を持ちながらパン屋で働く32歳の男性だ。
そして『アルジャーノン』は作中に出てくる実験用の白ネズミの名前である。チャーリィ知的障害をかかえ、その経過観察にビークマン大学に定期的に通っている。働き先のパン屋では知能の低さからあざ笑われ、そのことすら自覚できない状況。
そんな折、チャーリィは知能を飛躍的に向上させる手術を施された白ネズミ、アルジャーノンとともに検査を受ける。そしてチャーリィもアルジャーノンと同じ手術を受け、知能を向上させていく。
本作はそんなチャーリィの変化を経過報告書という形で描いた作品である。読者は日記を読んでいるような感覚で、さくさく読みすすめることができるので、電車の中など移動中に読むのもいいかもしれない。
名翻訳が光る!主人公チャーリィの変化
本著の最大の魅力は日本語訳にあるといっても過言ではない。
原文は英語で、スペルの違いや文法の稚拙さなどで序盤のチャーリィの知能の低さが表現されるが、日本語訳でも「漢字を使用しないこと」「てにをはを誤って記す」など、上手く置き換えられている。
チャーリィの知能向上とともに文法は正しくなり、文中の漢字や語彙も増えていくのが目に見え、読者はこの先どうなるのだろうと期待を膨らませる。
しかし、チャーリィが手に入れた高い知能は手術による一時的な効果であり、いずれは元の、あるいはそれよりも低い程度の知能に戻るということが判明する。
知能の退行にしたがって難しい言葉や深い思索であふれていた報告書が徐々に簡易な、幼いものになっていくさまは読んでいても胸にさしせまるものがある。
感動のラスト1ページ
序盤、知能が高まるにつれて、チャーリィは自分のあまりに無垢な性格と社会との間の折り合いをつけるのに苦悩することになる。
知らずにいた方がよかったこと、知りたくないことまでわかってしまうようになることで苦悩する、子どもが大人になる時に感じるあの感覚と同じだ。
やがて一時的に得た高度な知能を徐々に失っていくが、チャーリィは最終的にそれを受け入れる。
序盤と同じ幼く拙い文法でつづられる終盤の経過報告書は、それでも「元に戻った」という印象ではなく、なにか不思議な尊さのあるものとして読める。
『アルジャーノンに花束を』。
最後の1ページを読んだ後にもう一度本作のタイトルを思い出して欲しい。読む前とは違った思いで、はじめてその真意に気づくだろう。
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