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ずっとかっこいいまま引退?!日本を代表する名優、田村正和について調べてみた。

今年(2018年)4月、日本を代表する名優である田村正和さんが、俳優業から身を引くことを発表しました。

最近はTVや舞台でのお仕事をだいぶセーブされていたようですし、あまりメディアで見ることが少なくなってきましたが、やはりその存在感は唯一無二の存在です。

自分がTVを通して目にしていた田村正和さんの印象を交えながら、名俳優田村正和の過去~現在までを振り返ってみましょう。

出生から芸能界に進出するまで

まず何よりも意外だったのが、田村さんは京都のご出身でいらしたことです。標準語で話す役柄が多かったせいか、どうも関西のイメージは無かった…と思ったら、幼少期に東京に引っ越されているようです。

そして更に意外だったのが、お父様(阪東妻三郎さん)、お兄さん(田村高廣さん)、そして弟さん(田村亮さん)も、俳優をやっていらしたことです。私も含めて30代前半以下の世代でこのことを知らない人って結構多いような気がしますね。正和さんにも俳優の血がしっかり流れている、ということですね。

成城学園高校の学生だったときに既に映画デビューを果たすなど、華麗な家柄に違わない俳優人生を歩み始めますが、デビュー直後はなかなかヒット作に恵まれなかったようです。

俳優「田村正和」が国民的俳優になっていくまで

しかしながら、70年代に入ると、さまざまな作品に出演し、名俳優としての一歩ずつ階段を昇り始めます。初期の代表作には、ドラマ「冬の旅」や、時代劇「眠狂四郎」、「赤穂浪士」などが挙げられます。

年配になってもダンディーでしたから、若いころもそれはそれはかっこよかったんでしょうね~。このころまでは映画にも多数ご出演されていたようですが、80年年代に入るとTVドラマが活躍の場となり、以降も現在に至るまで、TVドラマで実績を積み重ねていきます。

「うちの子にかぎって…」、「パパはニュースキャスター」、「ニューヨーク恋物語」など、ある一定の年代以上の人にとっては、知らない人はいないくらい有名なTVドラマなんです。

生涯で最も長いヒットシリーズ「古畑任三郎」との出会い

1994年、「警部補・古畑任三郎」の放映が開始されます。やはり私にとって、「田村正和といえば何と言って古畑任三郎」というイメージが定着する要因になった名作シリーズです。

どこかニヒルで、どこか掴みどころがなく、でも憎めない人柄で頭脳明晰。どんな難事件でも確実に真相を見つけ出す古畑は、田村正和さんの端麗な容姿と、独特のハスキーが相まって、こんな刑事いたらいいなぁ~と子どもながらに憧れたものです。

3シーズンにかけて放映され、その後2000年代に入っても単発で新しいストーリーが放映されるなど、田村正和の名を広く国民に知らしめた名シリーズとなりました。

自分だけの型を持ちながら、どんな役もこなしてしまう才能

個人的には、古畑任三郎シリーズ以降では「じんべえ」、「オヤジぃ。」、「誰よりもママを愛す」などのTVドラマを見ていたので、80年代以降の「かっこいいパパ」のイメージを田村正和さんに対して抱いています。

ただ、どのTVシリーズでも「異なるパパ」を演じ分けるのって、めちゃくちゃ難しいことだと思いませんか。田村正和さんて、良い意味でとてもクセが強い俳優さんだと思うんです。

しかし、いろいろな役を細かく演じ分ける演技力が評価されているからこそ、脚本家や演出家に「この役は田村正和さんしか出来ない」って思わせるんでしょうし、その期待に応じるのがプロフェッショナルだなぁと思います。

最高の状態のままやめる、という決断

2010年代に入ると、シリーズもののTVドラマへの出演は減り、1話完結のスペシャルドラマ等への出演が中心になってきます。古畑のようなTVドラマシリーズものだと、収録等でだいぶ身体に負担でしょうし、年も重ねられてきて、無理のない範囲でのお仕事を、と見受けられます。ただ、のスペシャルドラマでの存在感は、いまだ健在、それどころか、ますます増している印象さえ与えます。

2018年に放映された「眠狂四郎 The Final」での自らの演技を見て、引退を決意されたそうです。そこにかつてご自身で出演され、初期のヒット作となった「眠狂四郎」中の若きころの自分を重ねていらしたのでしょうかね。

もうTVドラマで田村さんを見られないのは残念ですが、最高の状態のままやめる、この決断一つも、田村正和さんらしいですし、「引き際まで全部かっこいいなぁ」と感じてしまうのでした。

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