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米ギブソン社の経営破綻とエレキギターの今後

「米ギブソン社倒産の危機」というニュースは、エレキギターを少しでもかじっていた人間にとっては、衝撃的なニュースだったと思う。

ギブソンといえば、日本でもジャンルを問わず有名プロミュージシャンがこぞって使う高級ブランドで、アマチュアや初心者にとっては高嶺の花であり、所持する事自体が夢という方も少なくない。

そんな高級ブランドのギブソンが潰れてしまうと報道されたことは、多くのギタリスト・ギターファンにとって、かなりショッキングな事だった。

今のギブソンはギブソンではない?

確かに、ショッキングなニュースではあったが、筆者にとってはそこまで意外なことではなかった。

実は米ギブソン社、過去に2回買収されているのだ。

1回目の買収は1969年、つまり半世紀ほど前に遡る。

我々が知るギブソンはギターメーカーだが、この時に買収したのはビールやセメントなども扱う複合企業で、音楽とは関係のない会社だった。

それまでのギブソンギターは手工品であり、芸術的な価値も高く、特に1958~1962年頃のモデルはヴィンテージ市場で0の桁数が1つ多くなる程だが、70年代以降のギブソンは大量生産やオートメーション・・・つまり、工業製品としてギターが製造されるようになった。

2回目の買収は1986年の事だった。

実はこの前年、1985年には嘗て芸術的なギターを産み出したベテランの職人達が84年に閉鎖されたギブソンの工場と設備を買い取って独立してしまいます。

エリック・クラプトンやジミー・ペイジといった伝説的ギタリストが手にしていた「本物のギブソンギター」は、実はここで既に終焉を迎えていたと言っても過言ではないのです。

冬の時代と再出発

「本物のギブソン」が終焉を迎えた1986年は、ギブソンにとって一番の冬の時代と言えたかもしれません。

というのも、1986年の音楽には、それまでのギブソンギターサウンドはマッチしなかったからです。

この頃のギターの音は、木材を震わせアンプリファイしたサウンドではなく、文字通り鋼鉄(ヘビーメタル)から繰り出されたような重厚な響きをオーバードライブさせ、デジタルエフェクトによって空間処理された音でした。

それはそれでカッコ良いのですが、ギブソンのギターと相性が良かったとは言えません。そこでギブソンは時代にマッチさせたギターを作ろうと躍起になります。「これ、ギブソンなんだよ」と言っても信じて貰えないぐらいギブソン味のないモデルも出ていたりします。

迷走するギブソンをよそに、音楽ビジネスの中心はエレクトリックギターサウンドから外れ、ヒップホップ等のヒスパニックによるブラックミュージックが台頭してきます。

救世主と原点回帰、そして・・・

そんなギブソンのピンチを救ったのは、レスポールモデルというレガシーでした。90年代以降のギタリスト達が、80年代に見向きもされなかったこのギターに再び注目します。

これに目を付けたギブソンは過去の復刻モデルに注力しまし、再び商業的成功をなし得ます。しかし、この成功がギブソンから思考の放棄を促したようにも感じます。

音楽シーンは常に移ろい行くものですが、思考を放棄し、時代を察知仕切れなかったギブソンはまたしても迷走を始めます。

それと同時に若者のエレキギター離れが叫ばれはじめました。今回の問題はメーカーの責任であって、若者のせいではありません。そもそも、エレキギターが若者の象徴だという話もおかしなことです。

現在のエレキギターは音楽の中心ではなく、手段の1つに過ぎません。エレキギター「で」作る音楽の時代が終わったに過ぎず、エレキギター「が」作る音楽の時代が終わったわけではないということ。

そこを間違えてしまったら、エレキギターは本当に終焉を迎えてしまいます。今回のギブソンの騒動で全てのギタリスト、ギターメーカーが考えるべきなのは、そこなのではないでしょうか。

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